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解読 伊能忠敬測量日記 第六巻(ダウンロード版)

解読 伊能忠敬測量日記 第六巻(ダウンロード版)

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第4次測量の記録(1/2)
 享和3年2月25日(1803.4.16)富岡八幡宮を拝謁して出発し、江戸から沼津まで東海道を再測。沼津からは狩野川の河口に降りて駿河湾沿いに田子の浦、薩陀峠を越えて三保の松原を過ぎて、御前岬へ、さらに遠州灘沿いに伊良湖岬まで南下。三河湾沿いに師崎まで進み、伊勢湾沿いに熱田、名古屋城下まで北上。ここから熱田まで戻り日本海側の敦賀まで北上する。熱田から筏川河口まで西に進み、筏川、佐屋川に沿って北上し木曽川に合流の後、起(現愛知県一宮市)で木曽川を渡り、墨俣を経て大垣、垂井、関ヶ原、木本、敦賀と測。敦賀からは日本海沿いに越前岬(この地名は測量日記にも伊能大図にも記載がない)、三国湊、安宅、宮腰、金沢まで測る。この第六巻は宮腰の先高松宿(現、石川県かほく市)までの127 日分が記載されている。
富士山の方位測定の記述は、箱根宿(3月3日)、沼津城下(3月5日)、由比宿(3月9日)、駿府城下(3月13日)、浜名湖の弁天島(3月27日)、白須賀宿(3月28日)、渥美半島の畠村(4月5日)。しかし知多半島の師崎(4月7日)では曇りで見えず。
「お茶壺通る」と関ヶ原宿で3件の記述がある。5月19日に「お茶壺通る」「水戸のお茶壺通る」、5月20日「尾州お茶壺通る」。東海道でなくて、中山道を利用していた
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